目でも,耳でも,鼻でも,手の平でも感じられぬが,脳髄に直接語りかけてくるかのようなこの感覚。この世界を歩き回ってくるときに,じんじんと,ずきずきと染みてくる,この感覚は,なに?
ロジテック社が開発した「iFeel MouseMan」というマウスは,一見,ごく普通のマウスだが,ユーザーの手に感触を伝えるモーターを内蔵している。現在のコンピューティングの世界では眠ったままの人間の直感に,働きかけるものとなる。
人間はまだ,ディスプレイとスピーカーとでしかコンピューターの声を聞いていない。光と音,しかない。その関係性は非常にもろい。文字と声だけの恋愛に,限界があるように。たぶん,5感のすべてを内包するであろうワイヤードでは,それ以外の,とある感覚を感じる。言葉にすることもできない,手を伸ばすこともできない,でも,この世界を覆いつくしている,もう1つの感覚。行動をするたびに身体にまとわりつく,脳を刺激する。目でも,耳でも,肌でもなく,なにかで感じる感覚がある。それがなにかは明らかではないが,それを知るためにも多くの感覚を手にしていく必要がある。ロジテックのマウスもその小さな一歩。
尾崎翠は日常生活の中に潜む,不可思議な感覚の世界を「第七官界」と語った。コミックオペラの旋律,蘚(コケ)と恋情の関係,分裂病患者の気質,とらえどころのない憧れを感じさせる貴方に漂う誘惑。そう,現代のワイヤードには,第七官界が如実に感じられる。その感覚をつかみ取るのは難しいが,その感覚に酔いしれるのは気持ちがいい。ホントに,気持ちがいい。そうして,それは「恋」の感覚に似ている。
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